メディカル翻訳雑感

メディカル翻訳講師のブログ。翻訳の勉強に役立ちそうなヒントや情報を思いつくまま書いています。

develop

develop は一般に「発達する」や「開発する」と訳されることが多いですが、医学の分野ではしばしば「発症する」、「発生する」などの意味で使われます。

病気や症状を主語として(自動詞)

About 15 percent of non-small-cell lung cancer develops in nonsmokers.
(非小細胞肺癌を発症する人の約15%は非喫煙者である)

Atherosclerosis develops over the course of many years, with virtually no symptoms until it’s too late.
(アテローム性動脈硬化は長い年月をかけて発症する。その間ほとんど症状はなく、症状が現れたときは手遅れである)

Dilatation of the ascending aorta tends to develop in individuals with aortic valve disease.
(上行大動脈拡張は大動脈弁疾患の患者に起こりやすい)

病気や症状を目的語として(他動詞)

About two-thirds of newborn babies develop jaundice.
(新生児の約3分の2では黄疸が見られる[新生児の約3分の2は黄疸を発症する])

Being obese makes you 20 to 40 times more likely to develop diabetes than someone with a healthy weight.
(肥満になると、糖尿病を発症する可能性は健全な体重の人の20~40倍になる)

 

Aspirin and Prostaglandins

今回は Medicurio というチャンネルの Aspirin and Prostaglandins(アスピリンとプロスタグランジン)を紹介します。

Aspirin and Prostaglandins - Medicurio

この動画はアスピリンとその作用メカニズム、それに関連して、プロスタグランジンという体内でつくられる物質について解説しています。 自動生成ではない正確な英語字幕が用意されているので活用してください。

動画の長さは約9分。 専門知識のない人には少し長いかもしれません。2、3分程度に区切って少しずつ繰り返しながら見るとよいでしょう。 「理解する」というよりは「慣れる」感覚で。

中間の 3:04~4:24 あたりでアスピリンの作用メカニズムについて解説しています。 この部分の概要を以下に記します。

ホスホリパーゼA2という酵素が、細胞膜を構成するリン脂質から脂肪酸を切り取ります。 この切り取られた脂肪酸がアラキドン酸です。 アラキドン酸はナレーションでは触れられていませんが、3:20 の画面上方の( )内に記されています。 3:30 の画面に矢印で描かれている経路を「アラキドン酸カスケード」と言います。

次に、シクロオキシゲナーゼという酵素のはたらきで、アラキドン酸からプロスタグランジンH2が生成され、 さらにプロスタグランジンH2からさまざまな種類のプロスタグランジンがつくられます。 これらのプロスタグランジンには多くの機能がありますが、ナレーションでは、 (1)視床下部にはたらいて体温を上昇させる、 (2)免疫細胞を刺激して炎症を起こさせる、 (3)痛みに対する神経の感受性を高める、 (4)血液凝固を引き起こす、 (5)血管を収縮させたり拡張させたりする、 (6)胃の粘液を増やして胃酸から胃壁を保護する、の6つを挙げています。

アスピリンはシクロオキシゲナーゼの活性を阻害してプロスタグランジンがつくられないようにします。 それによってプロスタグランジンが引き起こす痛みや発熱、炎症などを抑えるのです。 アスピリンは、感染が原因で起こる炎症だけでなく、関節リウマチのような自己免疫疾患によって生じる炎症も抑えます。

prostaglandin:プロスタグランジン
fatty acid:脂肪酸
phospholipase A2:ホスホリパーゼA2
arachidonic acid:アラキドン酸
cyclooxygenase:シクロオキシゲナーゼ
hypothalamus:視床下部
sensitize:(神経の)感受性を高める
clot:(血液を)凝固させる
lining:(消化管などの)内壁

 

Lowering Triglycerides

今回紹介するのは、メイヨー・クリニック Medical Edge 制作の "Lowering Triglycerides" です。 メイヨー・クリニックのサイト(mayoclinic.org)と YouTube でまったく同じ動画が公開されています。 mayoclinic.org の方は[㏄]ボタンで正確な字幕が表示できます。 YouTubeでは字幕はコンピュータによる自動生成ですが、再生速度を変更したり文字起こしを表示させたりできるのがメリットです。

YouTube 動画へはここをクリックしてください (新規ウィンドウ(または新規タブ)で開きます)。 メイヨー・クリニックのサイトはグーグルで "Lowering Triglycerides - Mayo Clinic" のフレーズで検索してみてください。 上位でヒットすると思います。

"Lowering Triglycerides" は一般向けの動画で、これからメディカル翻訳を始めようという人でも取り組みやすいと思います。 CNN や BBC のレポート番組のような構成です。

以下簡単に注釈を書きますので参考にしてください。

triglyceride(s):トリグリセリド
体内の中性脂肪のほとんどはトリグリセリドなので中性脂肪と同義のように扱われます。 しかし、"neutral fats, such as triglycerides"(トリグリセリドなどの中性脂肪)のように書かれることもあるので、 翻訳としては「中性脂肪」ではなく「トリグリセリド」と書くべきでしょう。トリグリセリドには種類がたくさんあるので複数形になっています。
タイトルの Lowering Triglycerides は「トリグリセリド値を下げる」のように level(値)を補う方が日本語として落ち着きます。

they're also a building block of cholesterol
トリグリセリドはコレステロール分子の構成要素ではないので、この言い方はおかしいと思う人がいるかもしれません。 たしかに誤解を招く言い方ですが、この後に bad cholesterol(悪玉コレステロール)と述べているので、 この cholesterol は LDLコレステロールのつもりで述べています。

heart attack:心筋梗塞
多くの辞書や用語集に「心臓発作」と書かれているのでそのように訳されることが多いですが、「心臓発作」は曖昧です。 英米の専門家やライターは、myocardial infarction(心筋梗塞)の意味で heart attack を使います。

plaque:プラーク;粥腫
コレステロールや、それを貪食したマクロファージが泡沫細胞となって動脈壁に蓄積してできた塊。

A good number to shoot for would be about 150 or lower.
「150」の単位は mg/dL(milligrams per deciliter)。血中濃度(1デシリットルあたり何ミリグラムか)を示します。

get your bloods drawn
採血が複数回行われる状況なので blood が複数形になっています。

when all some of them need to do is change their lifestyle
「(多くの人がトリグリセリド値を下げるために薬を飲んでいますが)一部の人はライフスタイルを変えるだけでいいのです」
all some of them need to do の直訳は「そのうちの一部の人がしなければならないことのすべて」

 

字幕と文字起こしを表示させる

YouTube には、医学や医学英語を勉強するのに役立ちそうな動画がたくさんあります。 字幕の表示や再生速度の調節も可能なので、リスニングが苦手な人でも十分活用できるでしょう。

YouTube で見られる英語の動画の多くには、コンピュータが自動生成した英語の字幕が付いています。 動画によっては制作者自身が作成した正確な字幕が用意されているものもあります。 YouTube で字幕と文字起こしを表示させる手順を以下に示します。

「字幕」や「設定」のボタンは、マウスカーソルを動画のスクリーン上にもっていくとスクリーン内の右下に表示されます。

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一番左が「字幕」、その右の歯車の形をしたボタンが「設定」です。「設定」で字幕の言語の選択や再生速度の変更ができます。

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動画タイトル下のボタン列の右端にドットが横に3つ並んだボタンがあります。

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これをクリックして開くメニューから「文字起こしを開く」をクリックすると、スクリーンの右に文字起こしが開きます。

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タイムスタンプ(時刻表示)は非表示にすることもできます。

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dizziness(めまい)

メディカル翻訳の現場では、dizziness は「浮動性めまい」と訳さなければいけないと思っている人が多いようです。 MedDRA や一部の用語集に dizziness の訳として「浮動性めまい」と書かれているからでしょうか。 しかし dizziness は、日本語の「めまい」と同じように幅広い意味があるので、「浮動性めまい」に特定してしまうのは問題です。

Meniere's disease is a disorder characterized by dizziness, hearing loss and a full feeling in the ears. [UCI Health(UCI:カリフォルニア大学アーバイン校)]
(メニエール病は、めまい、難聴、耳閉感を特徴とする疾患である)

メニエール病の特徴であるめまいは「回転性めまい」なので、上の dizziness を「浮動性めまい」と訳すと重大な誤解が生じます。

vertigo(回転性めまい)の説明として spinning dizziness と書かれたりしますが、さすがにこれは「回転性浮動性めまい」とは訳せないでしょう。

 

pathogenesis(発症;発症機序)

pathogenesis は、「病気」を表す patho- と「発生(の過程)」を意味する -genesis から成る語です。もし論文のタイトルが Pathogenesis of Diabetes であれば、その論文は「糖尿病がどのように発症するか」について述べています。pathogenesis は、たいてい「発症機序(発症メカニズム)」と訳せば十分ですが、どういうわけか、この訳語を載せている辞書や用語集はあまりありません。

A greater understanding of the pathogenesis of pancreatitis is needed to develop treatment strategies for pancreatitis.
(膵炎の治療戦略を開発するために、膵炎の発症機序をもっとよく理解する必要がある)

The pathogenesis of peptic ulcer disease is multifactorial.
(消化性潰瘍の発症には多くの因子が関与している)

pathogenesis を「病因」と訳しているのをよく見かけます。病気の発症メカニズムについて述べれば、病気の原因も明らかにされるので、一見「病因」の訳もよさそうです。しかし、上の2つの例文で pathogenesis を「病因」と訳してしまうと、著者が pathogenesis と書いた意図が正しく伝わりません。「病因」と言いたければ著者は etiology を使ったでしょう。論文のタイトルなどで、etiology and pathogenesis of +[病気]の形はよく目にしますが、もし pathogenesis を「病因」としたら(etiologyも「病因」なので)このフレーズを訳すのに困るはずです。

etiology and pathogenesis of Parkinson's disease
(パーキンソン病の原因と発症機序)