メディカル翻訳雑感

メディカル翻訳講師のブログ。翻訳の勉強に役立ちそうなヒントや情報を思いつくまま書いています。

「および」の使い方

メディカルに限らず産業翻訳の分野では、and を機械的に「および」で置き換えている奇妙な日本語訳をよく目にします。 公用文では「および」の使用が求められますが、その理由は、法令や契約書などで、条件や権利の範囲を明確にする必要があるからです。 しかし、医学関連の文書でそのような必要が生じることはめったにありません。 本当に「および」が適切なのかどうか考えてみたいと思います。
(公用文では「及び」は漢字で書くことになっていますが、公用文以外ではひらがな書きが普通なので、このブログでは「および」とひらがなで表記します)

(1)胸部X線およびCT写真で右胸水および右肺底部の浸潤影を認めた。
(2)胸部X線CT写真で右胸水右肺底部の浸潤影を認めた。

この2つの文を比べたら、日本人の10人中9人は(2)の方が読みやすいと言うでしょう。しかしメディカル翻訳業界では(1)のように書かなければダメだと考えている人がいるらしいです。 (1)の文が間違いかどうかはともかくとして、内容や読みやすさを考えずに意味のよくわからないルールに固執する姿勢が疑問です。 日本の医師の書いた論文や報告を見ても(たしかに「および」を好む人はいますが)、十数ページの論文中に「および」がまったく使われていないものもあります。

限定列挙

「および」は並列関係にあるものを列挙する場合に使われます。「および」が表す列挙は限定列挙と言い、たとえば「A、B、C および D」と書いたら、列挙の項目は A、B、C、D だけに限定されて、これ以外のものは当てはまりません。ですから、「A、B、C、D など」のように例を列挙する場合に「および」でつなぐのは不適当です。 公用文の書き方の指針でも「および」を「等(とう)」と共に用いてはならないと書かれています。つまり「A、B、C および D 等」は間違いで「A、B、C、D 等」のように書かなければいけないのです。

H. pylori causes a variety of diseases such as gastritis, peptic ulcer diseases, and gastric cancers.
* ピロリ菌は胃炎、消化性潰瘍および胃癌などのさまざまな病気の原因となる。
→ ピロリ菌は胃炎、消化性潰瘍、胃癌などのさまざまな病気の原因となる。

such as や for example がなくても、例を列挙する and はよくありますが、そのような場合も「および」は適当ではありません。

Legionella infection presents with malaise, myalgia, headache and fever.
* レジオネラ感染症では倦怠感、筋肉痛、頭痛、および発熱が見られる。
→ レジオネラ感染症では倦怠感、筋肉痛、頭痛、発熱(など)が見られる。

この例文では、レジオネラ症の症状の一部を例として挙げているだけですが、 「倦怠感、筋肉痛、頭痛、および発熱」と書くと、これ以外に症状はないかのように読めてしまいます。 実際には、レジオネラ症ではこれ以外にも、食欲不振、胸痛、呼吸困難などさまざまな症状が起こりえます。

respectively と「および」

respectively(それぞれ)と共に使われる and を「および」と訳すと困った問題が生じます。

Mean half-life of XXX in patients with mild, moderate, and severe liver impairment was 46, 72, and 95 hours, respectively.
(1)XXX の平均半減期は、肝機能障害が軽度の患者、中等度の患者、および重度の患者において、それぞれ 46、72、および95時間であった。
(2)XXX の平均半減期は、肝機能障害が軽度の患者では46時間、中等度の患者では72時間、重度の患者では95時間であった。

英文の意味は(2)の訳の通りですが、(1)のように「それぞれ 46、72、および95時間」と書くと、 軽度、中等度、重度のそれぞれで、46、72、95時間の3つの結果が観察されたという意味になってしまいます。 この例は、and を単純に「および」で訳してはいけない好例で、(1)の訳の2つの「および」を取ると、これだけで申し分のない訳になります。

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「および」を使ってはいけないと言うつもりはありません。 込み入った並列関係を表すときに「および」が重宝することもあります。 しかし、これまで深く考えずに「および」を使っていた人は、その使い方が適切かどうか、この機会に一度考えてみてください。